大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)442号 判決 1960年4月12日
事実
被控訴人の控訴人に対する伐倒木搬出請負契約にもとづく請負代金請求に対し、控訴人はつぎの抗弁を主張した。
(1) 控訴人は、被控訴人の被用者にして代金受領権限ある中本力に請負代金を支払つた。
(2) 中本力は人夫頭として商法第四三条にいう番頭の地位にあつたから、本件請負契約の締結、履行の責に任じたのであつて、その請負代金受領の権限のあるのは当然であり、たとえその権限に内部的制限を加えても善意者たる控訴人には対抗できない。
(3) 控訴人は中本力に代金受領権限ありと信ずべき正当の理由がある。
(4) 中本力の受領代金横領による控訴人の損害について、被控訴人は使用者として賠償責任があるから、相殺する。
理由
そこで控訴人の弁済の抗弁につき判断する。控訴人が昭和三二年七月一四日右請負代金の支払として二〇四、〇〇〇円を右中本力に交付したことは証拠に徴し明白であるが、被控訴人が代金を受領する権限を中本力に与えていたことはこれを確認するに足る証拠なく、反つて、被控訴人は右訴外人の金銭浪費癖を知つていたので代金受領の権限を与えていなかつたことが、証拠により明かであるから、この点の控訴人の抗弁は採用し難い。
控訴人は中本を被控訴人の番頭と見て商法第四三条上当然に右代金受領権があると主張するが、仮に被控訴人が商人で中本がその番頭としての資格権限があつたとしても、被控訴人は中本に右代金の受領権限を与えなかつたことは叙上認定の通りであり、控訴人は右代金の支払当時被控訴人のかねての通告によつてそのことを一旦知らされながら中本の言を軽信して同人に代金受領権限があると信じたことについては重大なる過失があること後段に説示する通りであるから悪意の場合に準じ、右商法の規定によつても同人に本件代金受領権があつたということはできない。
次に、控訴人は右中本には被控訴人を代理して本件代金を受領する権限があると控訴人において信じたにつき正当な事由があつたと主張するが、証拠を総合して考察すれば、被控訴人は前記のように中本には金銭上の信用がおけなかつたので、控訴人が昭和三二年六月一九日自宅の近所に来合せた際、わざわざ電話で会見を申入れ、中本には金銭上の信用がおけないことを告げ、本件請負代金を同人に渡さぬように口頭で念達し、控訴人もそれを諒承したこと、然るに中本が前記請負仕事の終了した日の前日たる同年七月一四日、「親方(被搾訴人)が病気で銀行へ行けず、仕事が終れば人夫等に勘定せねばならぬから明日仕事が終るので一日早いが代金を支払われたい」。と申入れると、控訴人は前記のように被控訴人から同人への代金支払を差止められており、前回の請負金一一万円の代理受領の際は被控訴人作成の領収証を持参したのに今回はそのような権限を証する書面も持参しなかつたのに中本の言を軽信し、同人に代金受領権限があると信じて、支払期日の前日であるにかかわらず前記のように、請負代金として二〇四、〇〇〇円を同人に交付したため、折角同日被控訴人が更めて書面により支払の差止を申入れたのも間に合わない結果となつたことが認められるから、控訴人には右代金の支払につき重過失ありというべく、表見代理人ないし債権の準占有者に準ずべき者へ右弁済をしたとはいい難く、その支払は本件債権に対する弁済として無効である。
控訴人は被控訴人の前記支払の差止は時機と方法とが不適当であると抗争するが、右支払の差止は叙上の通り弁済期より僅々一カ月足らず前にしかも電話でわざわざ会見を申入れた上でなされたものであり、被控訴人は弁済期の前日更に念のために書面によつて同様差止を申入れたが、控訴人が弁済期前に前記支払をしたため折角の申入が間に合わなかつた叙上認定事実に徴すれば、それがたとえ口頭の申入であつたにせよ、又その間控訴人主張のような事情があつたにせよ、前記判断を覆す事情とはならない。
控訴人は中本力の被控訴人に交付すべき代金の費消横領は、被用者たる同人が、被控訴人の事業の執行につき控訴人に加えた損害であるから使用者たる被控訴人に賠償責任があると主張するが、被控訴人は中本に本件代金の受領権を与えておらず、控訴人は前述の通り重過失により中本に代金受領権限があると信じたに過ぎず、客観的にはそう信ずべき正当な事情はなかつたのであるから、中本の代金受領保管が被控訴人の事業の執行であると見ることはできない。従つて、同人がその保管中の右受領金を横領したとしても、被控訴人の事業の執行につきなされたものとはいえないから、被控訴人にはその賠償責任はない。
右と相容れない見解に立つ控訴人の相殺の抗弁は採用できない。